人を評価するなんて、本来やっちゃいけないこと。

今日、ある経営者と懇談しているとき、人事評価の話になりました。
その時の彼の発言に、120%賛成!と思ったので、その内容をまとめてご披露いたします。

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正直に言って「人を評価する」という行為には、今でも強い違和感を覚えている。
人が人を値踏みし、点数をつけ、序列化する――それはどこか、神の領域に踏み込む行為であり、傲慢ですらあると感じている。
人の価値は、本来そんな単純な物差しで測れるものではない。
育ってきた環境も、背負っている事情も、心身の状態も、一人ひとりまったく違う。
そこを無視して「評価する」ことに、私は今も葛藤を抱えている。

しかし一方で、経営を預かる立場として、評価から完全に逃げることもできない。
会社は組織であり、組織である以上、限られた原資をどう配分するかを決めなければならない。
給与や賞与、昇進といった形で差をつける以上、何らかの評価軸は必要になる。

評価を放棄することは、平等に見えて、実は無責任だ。頑張った人も、苦しみながら成果を出した人も、
そうでない人も同じだと言い切ることは、別の不公平を生む。

だからこそ、私は管理職に伝えている。評価とは、事務作業でも、人事制度の一コマでもない、と。
評価とは、その人の一年、いや、人生の一部に直接触れる行為だ。
あなたが下す一言、一つの判定が、その人の自己肯定感を高めもすれば、深く傷つけもする。
場合によっては、仕事への向き合い方だけでなく、人生そのものの方向を変えてしまう力を持っている。

軽い気持ちでやっていい仕事ではない。好き嫌いでやっていい仕事でもない。
数字だけを見て、背景を想像せずに済ませていい仕事でもない。
評価をするときは、「自分は今、この人の人生にどれだけの責任を負おうとしているのか」を、自分自身に問い続けてほしい。
神にはなれない。だからこそ、せめて真剣に、慎重に、誠実に向き合う。
それが、人を評価せざるを得ない立場にある者の最低限の覚悟だと、私は信じている。

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